2018年3月9日金曜日

オリンピック スピードスケート金メダリスト 小平なお選手

ピョンチャン()オリンピックで金メダルを獲得したスピードスケートの「小平なお」選手の記者会見を聞いた時に、実は、びっくり(驚愕)しました。


「引き寄せの法則」を量子力学の立場から説明してくれている、村なんとか?氏(東京大学卒)の説明にそっくりだったからです。


村なんとか?氏(村越氏ではなかったけど村山氏だっかかな?とにかく覚えていない)によれば、「絶対に勝つ」というように思うよりは「最高の自分を発揮する」というように思っている方がよいだろう というような感じでした。


4年前のソチ大会では小平選手は次のようなコメントだったそうです。

「高い頂からの景色を見てみたい」(つまり金メダルを取りたい)

今回の平昌(ピョンチャン)オリンピックでは、(正確ではないと思いますが、次のような感じです。)

「自分にできる最高の滑りを表現したい」




「小平なお」選手は、次のようなことも言っていました。

自分が金メダルをとろうと思っても、もしライバルのほうが最高の滑りをしたら、それは叶うものではない。つまり金メダルをとれるかどうかは自分がコントロールできるわけではない。(自分がコントロールできないことをやろうとするよりは、自分がコントロールできることをやるほうがよい。)

つまり、「自分の滑りを追求し、最高のパーフォーマンスを発揮する」というような心の持ち方をするほうがよい。


私は次のように考えました。

心の持ち方について、小平選手は、自分で考えてそのように思うようになったのだろうか?それともコーチからそのような心の持ち方についてのアドバイスを受けたのだろうか?

オリンピックの選手には、おそらく一流のコーチがついていると推測されるので、そのコーチの方がコーチング理論とかも勉強されている可能性はあるとは思いました。コーチング理論というのを勉強してみたいような気もします。




会社とか職場でも同じようなことが言えるかもしれません。

「出世して社長になろう。」というように思うよりは、「自分の持てる実力を最大限、発揮しよう。」と思うほうがよいかもしれないということです。


私は、現在はつぎのように考えています。

「職場は、役者にとっての舞台と同じようなものだ。職場は舞台であり、主役(ヒーロー)である自分がその舞台で最高の演技をしよう。ヒーローが大活躍するのは当然のことだ。」というふうに考えるほうがよいだろうというようなことです。



アマゾン の経営者が世界で一番 裕福?


2〜3日前に アマゾン の経営者が世界で一番 裕福? というような話を聞きました。


アマゾンのやり方は、ひょっとすると「上善水の如し」のやり方を取っているのではないのと、本日、気が付きました。(夜の8時頃、銭湯に行っている時にそう思いました。)


アマゾンのやり方は、次のような感じ

同じ商品について、他のサイトでも販売されている場合にはそれより低い値段で売る。
他のサイトで販売されていない場合には、十分に高い値段で売る。


つまり、ライバルがいる場合には値段 負けて



関連リンク

「上善水の如し」の職場への応用

http://chaos-fractal.blogspot.jp/2018/02/blog-post_6.html

2018年3月6日火曜日

しいたげられる夫

以前に勤めていた会社で、ある先輩社員が次のようにぼやいていたのを覚えています。その先輩社員は、もちろん男性です。

「家庭内での地位について、一番えらいのは妻、次が子供、次がペット、一番下が自分」


このような話を聞いたのは、この先輩だけではない。テレビで芸能人が同じようなことを話していた。世の中はフラクタルであるとすると、似たような話をする男性は以外と相当数いるのではないだろうか。


その先輩社員は、妻と子供のために土地を買い、新築の住宅を建てたけれど、家のローンを払うのは、当然のごとくその先輩社員の給料から払われるわけです。

その先輩社員は、夜おそく(深夜または午前にいたるまで)まで会社にいて、ヘトヘトになって家に帰って、家に帰るわけですが、家ではほとんど寝るだけでしょう。

家では、家族から尊敬されるのならともかく、ペット未満として冷遇されていたようだし、少なくともローンの支払いが終わるまで、何十年間は、働き通しという生活を余儀なくされることが、(約束されています。)


その男性社員のストレスのはけ口のひとつが、私に向かって愚痴をこぼすことだったと思います。

そもそも、その男性社員が妻であるその女性と結婚するきっかけをつくったのは、実は自分だったという事情もあり、私は愚痴やボヤキを聞かなくてはならない倫理上の理由がありました。

私としては、愛のキューピットとして、ありがたがられるかと、思いきや、そうではなくて、愚痴やボヤキをいやおうなく聞かなくてはならないという立場でした。


 他の人の愚痴を聞かされるというのは、精神的につらいものです。(文句、苦情、小言、説教、自慢話、能書き、うんちく)なども聞かされるのはつらいと思います。

一方で愚痴を言う側は、思いを吐き出すことができてスッキリして気持ちいいかもしれません。

 愚痴を聞かせるほうは、相手がどういう気持ちになるかを無視しているとも言えます。とにかく自分のいやなことを吐き出したいだけです。相手を便所だと思っている、またはタンツボかなんかだと思っているとも言えます。



私は 心の中では次のように思っていました。

「あの女性がそんな女性だったとは知らなかった。そんな妻なら、うらぎったっていいでしょ。若い女性を見つけて浮気とか不倫でもすればいいのに」

でも、それを口に出して言いませんでした。あたりまえでしょ。そんなこと言うわけないでしょ。もし本当にその先輩社員が浮気をして妻にばれて家庭内が修羅場のようになったとします。その責任が私が発した言葉にあるというようなことにもなりかねません。そのような重い責任をしょいきれませんわ。


それに、もしその先輩社員が若い女性を愛人にしたりしたら、うらやましすぎます。その人は妻もいるし若い愛人もいるという状態になります。

結婚どころか、恋人どころか、女友達さえいない私からみたら、そんなの、うらやましすぎて耐え切れませんがな。










きつね と すっぱいぶどう

ロシア人女性に相手にされなかった私は、ロシア人なんて気位が高いのさ と思っています。
そのほうが精神的平安を得られるからかもしれません。

ロシア人おそロシア とも思っています。

2018年3月1日木曜日

気持ちがこもりすぎると、伝わらない

発言する時に気持ちがこもりすぎると、逆に言いたいことが相手に伝わらないんじゃないかと思えてきました。

なぜか?

たぶん、伝えたいという意欲が強くでてしまうと、相手にはそれに反発する意欲が発生してしまうためではないかと思います。

自分「ぜひ伝えたい。伝えてやる。伝えてみせる。なんで伝わらないのか」

相手「なんや こいつ えらそうに 伝えられてたまるか 絶対に理解なんかしてやらないぞ。だいたい、こいつは顔が怖いし口もくさいしはげてるし、粗チンで人間のクズじゃないか。ああ臭い」